DESCENTE × YAMAHA DESCENTE × YAMAHA

デサントは、2015年からヤマハ発動機株式会社と、二輪ロードレース最高峰のMotoGPクラスに参戦する
Movistar Yamaha MotoGP、ならびに全日本選手権に参戦するヤマハファクトリーレーシングチームへの
オフィシャルスポンサーおよびオフィシャルサプライヤーを努めています。

MotoGP 2016年シーズン第18戦、バレンシア・リカルド・トルモ・サーキットにお ける最終戦において、ロレンソ選手が優勝。ロッシ選手が4位に入り、見事Movistar Yamaha MotoGPは2年連続でチーム・タイトルを獲得。

J・ロレンソは絶好のスタートからトップに立ち、そのままアドバンテージを広げて優勝。チームメイトのV・ロッシも激しいバトルの末に4位でチェッカーを受け、ヤマハに通算7回目のFIM MotoGPチーム・タイトルをもたらしました。シリーズポイントではロッシが合計249ポイントでランキング2位。ロレンソは合計233ポイントでランキング3位。ふたりの活躍によりモビスター・ヤマハ・モトGPは合計482ポイントを獲得し、2位に28ポイント差をつけてチーム・タイトルをも獲得する結果となりました。デサントはライダーをはじめファクトリーレーシングチームと勝利を祝うとともに、更なるサポートに向けてチャレンジを行ってまいります。

ヤマハファクトリーレーシングチームは、1961年から半世紀以上に渡り数々の栄冠を手にしてきた伝統あるワークスチーム。これまで6人のチャンピオンを輩出し、2016年9月5日現在で通算221勝を達成。
「やる以上は最高のものを」という創業者の志を胸に戦いの場を「世界」に求め、1958年、初の国際レースとなるカタリナGP(アメリカ)を経て、1961年に世界選手権への参戦を開始。その後、ロードレースやモトクロスの世界選手権をはじめ、世界各地に活動を広げ、数多くの偉大なライダーたちとともに半世紀以上もチャレンジを重ね、輝かしい歴史を刻んできました。

ヤマハは見た目の美しさもさることながら、デザインだけでなく、機能性、特に乗り味はスペックだけではなく全体的なバランスに配慮がされており、重量バランスやハンドリングは、スムーズに人がマシンを操ることが出来るように設計は非常に緻密であり、その繊細さはデサントのものづくりと重なる部分が多くあります。技術のフィードバックを目的としたチームを形成し、またそのレースを「走る実験室」として常に先行技術の開発を行うチームへのサプライは、まさにその挑戦するスピリットの共鳴によるものです。そのような想いをともにするブランドチームとともに、世界を転戦し活躍するファクトリーレーシングチームのウェアの開発行うことは私たちにとって喜びです。
ヤマハ・ファクトリー・レーシングを象徴する「レーシングブルー」を用いたウェアは、マシンとの一体感を表しており、また厳しい環境の中でもチームをサポートするための機能素材の採用や技術を厳選しサプライを行います。

YAMAHA Factory
Racing Team

レース活動はヤマハにとってDNAであり、創立以来、大切にし続けてきた企業文化の一つです。
初めてのレースは、創立からわずか10日後の1955年7月10日、日本最大の二輪レースと言われた「富士登山レース」であり、発売されたばかりの「YA1」を送り込みました。つまりレース活動の歴史は、ヤマハの歴史そのものでもあるのです。このデビューレースを圧勝した当時無名のヤマハは、日本で最後発の二輪車メーカーでありながら、瞬く間にその性能や信頼性を広く知られるようになりました。
ヤマハは世界選手権に1961年5月21日のフランスGPから参戦を開始。1964年にはフィル・リードがヤマハにとって初のGPチャンピオン(GP250)を獲得。その後、半世紀以上の間、数々の栄冠を手にしてきた。特に最高峰クラスであるGP500・MotoGPでは、1972年のチャス・モーティマー選手の初優勝以来、ジャコモ・アゴスチーニ、ケニー・ロバーツ、エディー・ローソン、ウェイン・レイニー、そしてバレンティーノ・ロッシ、ホルヘ・ロレンソなどのライダーが勝利を積み重ね、2013年の日本GPで通算200勝を達成(ロレンソ)。2015シーズン終了時点では216勝をあげています。また、これまで6人のチャンピオンを輩出し、ライダータイトルは17回、コンストラクターズタイトルは14回、チームタイトルを6回獲得し、MotoGPでは通算5回の三冠を達成しています。